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特別企画:ハウスジャパン社長インタビュー
特別企画:ハウスジャパン社長インタビュー
前回のインタビューでは、ハウスジャパン誕生の瞬間の話を伺いました。このインタビューも今回で最終回。今回は今のハウスジャパンになるまでの経緯を伺いました。
第3回:下請けからの脱却、そして「伝統を科学する」家づくりへ
編集部(以下、編): 前回は、社名が決まった瞬間のドラマチックなお話でした。そこから下請けとしての実績がさらに加速していくわけですが、当時はアパート建設などの大きな仕事もされていたそうですね。
片山社長(以下、社長): そうそう。大手メーカーの仕事で土台ができた頃、次はアパート建築の会社に営業に行きましてね。その会社の大工さんたちと一緒に、材料も工賃もまるごと引き受ける形で始めたんです。そこで大きな受注をもらいました。
編:現場の体制も一気に変わったのではないですか?
社長:当時はとにかく「儲かるかどうか」より「まずはやってみる」が最優先。がむしゃらでした。でも、下請けというのはコストダウンの波に常にさらされる。次第に無理な要求も増えてきて、ある時「これはもう、ついていけない」と、思い切ってお断りしたんです。そこからですね、「リフォーム」に活路を見出したのは。
大手メーカーの家というのは、構造を熟知していないとリフォームが難しい。でも僕たちは下請けとして、どこに穴を開ければボルトがあるか、中身を全部知っていました。だから他所にはできない提案ができた。これがリフォーム事業の大きな強みになったんです。

編:その後、岡山でも先駆けとなった「太陽光発電」への参入がありましたね。
社長: まだソーラーパネルが当たり前になる前の話ですね。家づくりの下請けの仕事を続けながら、太陽光の販売を始めました。ちょうどオール電化のブームと重なって、これが爆発的にヒットしました。あの頃の事務所は凄かったですね。机が3つしかない狭い部屋に、ローンの申し込み用紙が山のように積まれていて。銀行さんが来るたびに「また契約ですか!」って驚かれてね(笑)。本当に楽しかった。でもね、その絶頂期にまた考えたんです。「元請けがくしゃみをすれば、うちは風邪を引く。20年目を機に、絶対に自分たちが『元請け』として新築をやるんだ」と。
編: 創業20年目の大きな決断ですね。そこで現在の主力である「サイエンスホーム」に出会うわけですが、決め手は何だったんですか?

社長: 色々な家を見に行きましたが、岡山の人に届けるには高すぎたり、何かが違ったり……。そこで出会ったのがサイエンスホームでした。サイエンスホームのキャッチフレーズが伝統を科学すると、昔の真壁の工法を今の技術によって甦らされる。素晴らしい。 「これなら売れる!」と確信しました。そこからは早かったですね。テレビCMも自分たちで考えて。あの「歌舞伎」をモチーフにした5色のロゴ、あれは僕たちのオリジナルなんですよ。柱の色が選べる特徴を、日本の伝統である歌舞伎のイメージに重ねた。本部も驚くくらいの反響でした。
編: 今では新築だけでなく、古民家の再生やこだわりのリノベーションでも多くのファンがいらっしゃいますね。
社長: 特殊な技術を持った設計士や大工が揃いましたからね。サイエンスホームの自由設計に、日本の伝統的な設計をプラスして、古い家を再生する。下請け時代に培った「構造を知る力」が、今、古民家リノベーションという形で花開いています。
編:クレーン車の上から始まった社長の仕事が、今、こうして形になっているのですね。
社長: そうですね。(笑)これまでは、自分たちが何者であるかを伝える「宣伝力」が足りなかったかもしれない。でもこれからは、この「ハレとイエ」を通じて、僕たちがどんな想いで、どんな技術を込めて家を建てているのか、太陽光を取り扱っているか、全部出していきたい。ぜひ、楽しみに見ていて欲しいですね。
編: 3回にわたる貴重なお話、ありがとうございました!

13年前は小さく元気のなかったベンジャミンは会社の成長と共に、大きく元気に育っているとのことです