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第2回:偶然生まれた「社名」の秘密
特別企画:ハウスジャパン社長インタビュー
クレーン運転手から始まった、片山社長のキャリア。今回のお話でハウスジャパンが誕生します。その意外な経緯とは!?
第2回:偶然生まれた「社名」の秘密
編集部(以下、編):前回は漁師さんたちとの現場のお話を伺いましたが、いよいよ独立へ向かう転換期のお話です。当時は大手メーカーの岡山営業所の所長をされていたんですよね。
片山社長(以下、社長):そう、出張という形でね。でも、現場がとにかく忙しくて。ある日、本社の幹部会議を3回目くらいの欠席かな、「行けん」と断ったんです。現場は雨でぐちゃぐちゃ、僕もびしょ濡れになって必死に回している。そんな時に常務から電話で「何回ドタキャンするんや!」と猛烈に叱られましてね。
編:現場の最前線にいる社長と、会議を優先する本社。その板挟みだったわけですね。
社長:その電話でプツンときてね。「もう自分でやろう」と。それが35、6年前。最初は前の会社から仲間が数人「俺も辞めてついていく」と言ってくれて、小さなプレハブ住宅の組み立てをする仕事始めました。1日で建てて帰るような過酷な仕事でしたが、ノウハウはありましたから。

竹山がなくなるほどの仕事量だったそうです
編:そこから、大手メーカーの地鎮祭や建て方を請け負う「隙間産業」を見出された。
社長: 地鎮祭の設営なんて、監督さんが時間外にやるのは大変でしょう。だから「うちは縦割りで、地鎮祭も上棟も足場も全部専門でやりますよ」と。高梁川の河川敷に地鎮祭用の準備を何十棟も並べたりして、当時はすごい量でしたよ。「これはビジネスになる」と確信しましたね。
編:そしていよいよ「ハウスジャパン」が誕生するわけですが、実は最初から決めていた名前ではなかったとか?
社長: そうなんです(笑)。独立の挨拶に、可愛がってくれていた大手メーカーの社長を訪ねた時のことです。そこで話をしている時に社長から、「社名は何だ?」と聞かれたんですね。会社を起こすことは決めていても社名は考えていなかった(笑)。その質問をされた時に、応接室の窓からふと中庭を見たら、看板に「日本の家」という文字が見えた。そこで、咄嗟に「ハウスジャパンです」と答えたんですよ。
編: 窓の外の看板を見て、その場で!
社長: もしあの時、パッとあの看板が目に入ってなかったら、ハウスジャパンという名前でこの会社を続けてはいなかったでしょうね。偶然のようですが、今思えば「日本の家を良くしたい」という想いが、無意識にその言葉を選ばせたのかもしれません。
編: まさに直感ですよね。その直感があったからこそ、今こうして多くのお客様に名前を覚えていただけているんですね!
次回に続きます!